🚃 富山の市内電車の「輪」は、一度切れて、約40年ぶりにつながった
- 大正2年に開通した市内電車。最初の線路は、お城の前の大手通りを通っていた
- 戦後は大手通りを走らず、昭和43年の地図では丸の内から旅籠町を回って西町へ
- その環状線は昭和48年に廃止。昭和58年の地図では線路が消えている
- 平成21年12月23日に環状線が開業。約40年ぶりに最初のルート(大手通り)で復活
富山駅から街なかをぐるっと一周する、市内電車の環状線(セントラム)。じつはこの「輪」は、一度切れたことがあります。明治・昭和・いまの地図を重ねて、線路が切れて、また輪になるまでを見ていきます。
大正2年、最初の市内電車は大手通りを通った

左の明治43年(1910年)の地図のころは、富山にまだ市内電車はありません。
市内電車が初めて開通したのは大正2年(1913年)です。この年に開かれた共進会(博覧会の前身)の会場と、市街を結ぶためでした。
最初の線路は、旧神通川を渡っていまの丸の内交差点で東に折れ、お城の前から大手通りへ。大手通りを抜けると、越前町の角を西町の方へ曲がっていきました。
当時の大手通りは、市役所・図書館・小学校・警察署・郵便局・病院・新聞社などが面して並ぶ、富山のメインストリートでした。
出典:富山市郷土博物館「博物館だより」第8号(通り今昔 その1 大手通り)
空襲のあと、大手通りは裏通りに
昭和20年(1945年)8月の富山大空襲で、大手通りのまわりは焼けてしまいます。
戦後の復興では、富山駅から南へ、お城の東側を通る広い道路が整備されました。車社会のなかでこちらが主な道路になり、大手通りは裏通りに。再開された市内電車も、大手通りを走ることはありませんでした。
出典:富山市郷土博物館「博物館だより」第8号(通り今昔 その1 大手通り)
昭和43年の地図では、線路は旅籠町を回っている

左の昭和43年(1968年)の地図では、線路は大手通りではなく、丸の内から南へ下り、旅籠町(いまの町名は旅篭町)を通って、東の西町へつながっています(オレンジの線)。
富山市郷土博物館によると、市内電車の環状線は、戦後も一部ルートを変えて運行されていました。
出典:富山市郷土博物館「市内電車環状線開業」/地図:「今昔マップ on the web」(谷謙二)より作成/地理院タイル
昭和48年、環状線は廃止
この環状線は昭和48年(1973年)に廃線になりました。まん中の昭和58年(1983年)の地図では、旅籠町を通る線路が消えています。
富山市郷土博物館の「博物館だより」は、戦後、車社会の到来で新しい路線の計画は実現せず、もとからあった路線まで廃止に追い込まれていったと書いています。
出典:富山市郷土博物館「市内電車環状線開業」、「博物館だより」第28号(富山市の鉄道100年 私鉄網の拡大)
平成21年12月23日、線路が大手通りに戻ってきた
そして平成21年(2009年)12月23日、市内電車の環状線が開業しました。
右のいまの地図の青い線が、いまの環状線です。丸の内から東へ、お城の前から大手通り(いまの大手モール)を通って、西町へ。富山市郷土博物館は、約40年ぶりに当初のルートで復活したと紹介しています。
線路の整備は、線路を整える側と電車を走らせる側を分ける「上下分離方式」で行われました。
| いつ | できごと |
|---|---|
| 大正2年(1913年) | 市内電車が開通。最初の線路は大手通りを通る |
| 昭和20年(1945年) | 富山大空襲。戦後、大手通りは裏通りに |
| 昭和43年(1968年) | 地図では、線路は丸の内から旅籠町を回って西町へ |
| 昭和48年(1973年) | 環状線が廃線に |
| 平成20年(2008年)2月 | 上下分離方式で線路を整備できるようになる(国の計画の認定) |
| 平成21年(2009年)12月23日 | 市内電車環状線が開業。大手通りのルートで復活 |
出典:富山地方鉄道「沿革」、富山市「富山市中心市街地活性化基本計画」の報告、富山市郷土博物館「市内電車環状線開業」「博物館だより」第8号
乗ってみるなら:運賃と障害者割引
| 運賃(現金・全国交通系ICカード) | 大人240円・小人120円(どこまで乗っても同じ) |
| 運賃(えこまいか・パスカ) | 大人220円・小人110円 |
| 障害者割引 | 手帳を見せると普通運賃が5割引。第1種・1級・A級の方は介護者も5割引。第2種・2級3級・B級の方は本人のみ5割引(介護者の割引はなし) |
| 割引の注意 | 定期券は割引なし。「ミライロID」の画面でも利用できます(その場合も手帳を持っておく) |
出典:富山地方鉄道「市内電車 経路・時刻・運賃」、富山地方鉄道「障がい者割引(鉄道・軌道)」
古地図を重ねたリール動画
明治・昭和・いまの地図を順番に重ねた動画を、富山みっけのInstagramに載せています。
さいごに
いつも何気なく乗っている環状線ですが、大正の最初の線路と同じ大手通りを走っていると思うと、ちょっと見え方が変わりますね。
大手モールを走る電車に乗りながら、昔のメインストリートの姿を思い浮かべてみてはいかがでしょうか〜!
お城の前を通る線路の話とあわせて、富山城のお堀が消えていった話も古地図でまとめています。

富山駅の北へ延びる富山港線(ポートラム)が、路面電車に生まれ変わった話はこちら。

西町から不二越駅前まで走っていた、もうひとつの消えた市内電車の話はこちら。

この記事は2026年10月29日時点の、富山市郷土博物館の資料(「市内電車環状線開業」「博物館だより」第8号・第28号)、富山地方鉄道の公式サイト、富山市の資料をもとに書いています。地図は「今昔マップ on the web」(谷謙二)と地理院タイルから作成しました。




