🗺️ 富山県庁と市役所のある場所は、大正のはじめごろまで神通川が流れていた所
- 明治の神通川は、富山のまちのすぐ北で大きく曲がって流れていた
- 明治34年(1901年)、曲がりを近道する幅2mの水路を掘ると、洪水のたびに削られて、こちらが本流に
- 残った川の跡は、富岩運河を掘った土で埋め立てられ、いまの県庁・市役所が建つ都心になった
- 桜で知られる松川は、昔の神通川の名残
富山県庁と富山市役所が並ぶあたりは、110年あまり前まで神通川の流れの中でした。明治と昭和の地図を、いまの地図に重ねて見ていきます。
明治43年の地図にある、まちのすぐ北で大きく曲がる神通川

左が明治43年(1910年)の地図、右がいまの地図です。青い帯が、明治の神通川のおおまかな位置です。
明治の神通川は、富山城のすぐ北をぐるりと回るように、大きく曲がって流れていました。いまの地図で同じ場所を見ると、県庁・市役所・松川が、ちょうどその帯の上にあります。
この曲がった区間は、洪水のときによく水があふれる場所でした。
地図:「今昔マップ on the web」(谷謙二)より作成/地理院タイル
幅2mの近道の水路「馳越線」が、いつのまにか本流に
| いつ | できごと |
|---|---|
| 明治34年〜36年 1901〜1903年 | 富山県が、曲がった区間の西側にまっすぐな水路を掘る「馳越線(はせこしせん)工事」を始める |
| 水路の大きさ | 川の中央に幅2m・深さ1.5mの細い水路 |
| その後 | 洪水のたびに水路が削られて少しずつ広がり、流れが新しい水路へ移っていく |
| 大正10年ごろ 1921年ごろ | 流れが完全に新しい水路へ移る。いまの神通川 |
最初から大きな川を掘ったのではなく、細い水路を掘っておいて、洪水の力で広げていくやり方でした。場所は、いまの富山大橋から富山赤十字病院のあたりの区間です。

昭和5年(1930年)の地図では、流れはまっすぐな新しい川に移り、まちの北には、昔の川の跡が広く残っています。
出典:富山県「富岩運河の建設と利用の歴史」、国土交通省「日本の川 神通川」
川の跡を埋めたのは、富岩運河を掘った土
流れが移ったあと、富山駅と市街地のあいだには、広い川の跡(廃川地)が残りました。まちが広がっていくうえで、大きな妨げになっていたそうです。
そこで立てられたのが、運河を掘り、その土で川の跡を埋める計画です。
| 運河の長さ | 東岩瀬港から富山駅北まで、約5km |
| 名前の由来 | 富山市と東岩瀬町(当時)をつなぐので「富岩運河(ふがんうんが)」 |
| 工事 | 昭和5年(1930年)に始まり、昭和10年(1935年)に完成。富山県で初めての都市計画事業 |
| 掘った土 | 神通川の川の跡を埋め立てて、新しい市街地に |
運河を掘ることと、川の跡を埋めることを、ひとつの工事でまとめて片づけたわけです。
いまの県庁・市役所・松川に残る、昔の神通川
| いまの場所 | 昔の神通川・運河との関係 |
|---|---|
| 県庁・市役所 | 埋め立てた川の跡に建つ。NHKなども並ぶ、富山市の都心 |
| 松川・いたち川 | 昔の川筋の一部が残ったもの。松川は桜の名所として知られる |
| 富岩運河環水公園 | 昭和59年に富岩運河を残すことが決まり、昭和60年からの水辺の再生の中で整備された公園 |
出典:富山県「富岩運河の建設と利用の歴史」、国土交通省「日本の川 神通川」
環水公園のそばに、2026年10月オープンのYKK APアリーナ
昔の川と運河がつくった土地のまわりでは、いまも新しい施設ができています。
2026年10月1日には、環水公園の近くにある富山市総合体育館が、「富山市まちなかアリーナ(YKK APアリーナ)」として生まれ変わりました。プロバスケットボールの富山グラウジーズが、ここでホームゲームを行っています。

出典:富山市「富山市まちなかアリーナ(YKK APアリーナ)」、富山グラウジーズ公式サイト
古地図を重ねたリール動画
明治・昭和・いまの地図を順番に重ねた動画を、富山みっけのInstagramに載せています。
さいごに
県庁の前を通るときに「ここ、昔は川の中だったんだな〜」と思うと、ちょっと見え方が変わりますね!
松川べりを歩くと、昔の神通川の名残がそのまま残っています。散歩のついでに、古地図と見比べてみてはいかがでしょうか〜!
環水公園では、10月9日(金)から2027年2月28日(日)まで、スイートイルミネーションが開催中です。

昔の神通川のすぐ南にあった富山城のお堀が、どう埋められていったかもまとめています。



地図ではなく数字で富山を見た記事もあります。富山の家の広さは、全国1位でした。

この記事は2026年10月25日時点の、富山県「富岩運河の建設と利用の歴史」、国土交通省「日本の川 神通川」、富山市公式サイトをもとに書いています。地図は「今昔マップ on the web」(谷謙二)と地理院タイルから作成し、昔の川の位置はおおまかに示したものです。




