🚃 砺波平野をななめに走る自転車道は、昔の「加越線」の線路の跡
- 加越線は、小矢部市の石動駅と、庄川町駅を結んでいた鉄道。津沢・福野・井波を通った
- 明治の終わりの地図には線路が無く、昭和5年・昭和43年の地図には線路がある
- 昭和47年(1972)9月16日に全線が廃止。レールを切った記念の文鎮が2,500個つくられた
- 線路の跡はいま、県の「富山庄川小矢部自転車道線」。旧井波駅舎や渋江川橋が残り、散居村をながめながら走れる
前回は、富山新港で分けられた射水線の話を書きました。今回は、砺波平野を走っていた、もうひとつの消えた鉄道「加越線(かえつせん)」です。明治・昭和・いまの地図を並べて見ていきます。
明治・昭和・いまの地図で見る、加越線の線路

左の明治42年(1909年)の地図には、まだ線路がありません。中の昭和43年(1968年)の地図では、石動から津沢・福野・井波を通って、庄川町まで線路が延びています(赤い線)。右のいまの地図には、昔の線路の位置を赤い線で重ねています。
地図:「今昔マップ on the web」(谷謙二)より作成/地理院タイル
大正4年に青島町〜福野が開通、大正11年に石動までつながる
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 大正4年(1915) | 砺波鉄道の青島町〜福野が開通 |
| 大正11年(1922) | 加越鉄道の福野〜石動が開通 |
| 昭和47年(1972)9月16日 | 加越線の全線が廃止 |
昭和5年(1930年)の地図には、もう石動から福野まで線路が引かれています。
出典:富山県公文書館 企画展「とやまの鉄道物語」/文化遺産オンライン(文化庁)「加越能鉄道加越線廃線記念文鎮」
石動〜津沢では、アメリカ製のレールが50年
石動駅〜津沢駅のあいだには、アメリカのイリノイ社から買ったレールが敷かれていて、50年にわたって使われました。
廃止のとき、このレールを切って銀メッキをした記念の文鎮が2,500個つくられ、昭和47年9月11日に売り出されました。そのうちの1個が、いま高岡市立博物館に収められています。
出典:文化遺産オンライン(文化庁)「加越能鉄道加越線廃線記念文鎮」(高岡市立博物館)
線路の跡はいま、県の自転車道に
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式な名前 | 一般県道 富山庄川小矢部自転車道線 |
| 全体の長さ | 58.8km(富山市から) |
| 加越線の跡を使う区間 | 旧庄川町から小矢部市まで |
| 道沿いの名残 | 旧井波駅舎/旧加越線の鉄道橋を生かした渋江川橋 |
| 見どころ | 砺波平野の散居村をながめながら走れる |
自転車で走ると、昔の列車と同じように、田んぼと屋敷林の散居村の中をまっすぐ抜けていきます。
出典:富山県「一般県道富山庄川小矢部自転車道線 位置図」
古地図を重ねたリール動画
明治・昭和・いまの地図を順番に重ねた動画を、富山みっけのInstagramに載せています。
さいごに
いまはのんびり自転車で走れる道も、50年ほど前までは列車が走っていました。旧井波駅舎や渋江川橋の前で、「ここを列車が通っていたんだな〜」と思うと、景色がちょっと違って見えますね!
富山新港で分けられたもうひとつの消えた鉄道、射水線の話も、あわせて読んでみてはいかがでしょうか〜!

この記事は2026年10月26日時点の、文化遺産オンライン(高岡市立博物館の所蔵品)、富山県「一般県道富山庄川小矢部自転車道線 位置図」、富山県公文書館 企画展「とやまの鉄道物語」をもとに書いています。地図は「今昔マップ on the web」(谷謙二)と地理院タイルから作成しました。




