富岩運河は埋め立てられるはずだった|古地図で見る、中島閘門と環水公園【富山市】

富岩運河の舟だまり 昭和58年の地図といまの航空写真

🚢 富岩運河は、一度は埋め立てが決まりかけた運河だった

  • 昭和5年(1930年)に工事が始まり、昭和10年(1935年)に完成。富山駅の北と東岩瀬の港を結んだ
  • まん中の中島閘門は、上と下で2.5mある水の高さの差をそろえて、船を通す
  • トラックの時代になって使われなくなり、昭和52年(1977年)に県が埋め立てて道路にすると発表
  • 市民の反対運動などもあって方針が変わり、昭和59年(1984年)に残されることに。舟だまりは1997年に環水公園として一部が完成

古地図シリーズの1本目で、神通川の流れを変えたあとに残った川の跡を、富岩運河を掘った土で埋めた話を書きました。今回はその続きで、富岩運河そのものの話です。いまは環水公園として親しまれている場所は、じつは一度、埋め立てて道路にする計画がありました。昭和5年・昭和43年・いまの地図を並べて見ていきます。

スポンサーリンク

目次

昭和5年・昭和43年・いまの地図で見る富岩運河

富岩運河 昭和5年・昭和43年・いまの地図の比較(環水公園〜中島閘門)
左:昭和5年(1930年)/中:昭和43年(1968年)/右:いま

左の昭和5年(1930年)の地図には、まだ運河はなく、田んぼが広がっています。中の昭和43年(1968年)の地図では、神通川の東にまっすぐな運河が通り、まわりに工場が並んでいます。右のいまの地図では、運河の南の端が環水公園になっています。

地図:「今昔マップ on the web」(谷謙二)より作成/地理院タイル

昭和5年に工事が始まり、昭和10年に完成した富岩運河

年出来事
昭和3年(1928)県が、新しい水路を掘り、神通川の跡(廃川地)を埋め立てる都市計画を決める
昭和5年(1930)富山市と東岩瀬港を結ぶ、富岩運河の工事が始まる
昭和9年(1934)中島閘門ができる
昭和10年(1935)運河が完成。富山の工業化に大きく役立つ

「富岩」は、富山駅の北と、当時の東岩瀬港(いまの富山港)をつなぐことから付いた名前です。運河を掘った土で神通川の跡を埋め立て、新しい市街地をつくりました。運河のまわりには一大工業地帯ができ、戦後の復興期ににぎわいました。

出典:富岩運河環水公園「富岩運河の歴史と環水公園」/富岩水上ライン パンフレット(学習支援船運営委員会:富山県観光資源活用室・富山市観光政策課)

水のエレベーター、中島閘門

運河のまん中にある中島閘門は、上流の環水公園の側と、下流の富山港の側で2.5mある水の高さの差を調節する仕組みです。前と後ろ、2組の扉で閘門の中の水の量を変え、水の高さを上げ下げして船を通します。パナマ運河と同じ方式です。

中島閘門は平成10年(1998年)5月に国の重要文化財に指定されました。昭和の土木の建物として、全国で初めての指定です。

出典:富岩運河環水公園「富岩運河の歴史と環水公園」/富岩水上ライン パンフレット

トラックの時代になり、昭和50年代に埋め立ての計画

戦後、物を運ぶ手段がトラックに移ると、運河はあまり使われなくなりました。運河の水は汚れ、岸辺も草ぼうぼうになり、運河を埋め立てる計画が持ち上がります。

年出来事
昭和52年(1977)県が、舟だまりから国道8号線までの約2.3kmを埋め立て、幅25mの道路をつくると発表する
昭和50年代後半市民の反対運動などもあり、県は「とやま21世紀水公園神通川プラン」をつくって埋め立ての計画を見直し、まちなかの貴重な水面として生かす方針に変える
昭和59年(1984)富岩運河は残されることになる
昭和60年(1985)以降環水公園の整備や遊歩道づくり、中島閘門・牛島閘門の復元工事が進む

富山県のページでは、このころの富岩運河を「消滅の危機を迎えた」と書いています。

出典:富山県「富岩運河の建設と利用の歴史」/富山県「とやま都市MIRAI計画」/富岩運河環水公園「富岩運河の歴史と環水公園」/富山市郷土博物館「よみがえった富岩運河」

スポンサーリンク

舟だまりは、1997年に環水公園に

富岩運河の舟だまり 昭和58年の地図といまの航空写真(環水公園)
左:昭和58年(1983年)の舟だまり/右:いまの環水公園

左は、埋め立ての計画があったころの昭和58年(1983年)の地図です。運河の南の端に、船をとめる舟だまりがあり、まわりに「木場町」「湊入舟町」(いまの湊入船町)の地名が見えます。右のいまの航空写真では、同じ場所が環水公園になっています。

舟だまりは公園として整備され、1997年(平成9年)7月に「富岩運河環水公園」として一部が完成しました。

出典:富山市郷土博物館「よみがえった富岩運河」

船で中島閘門を通れるのは、今年は11月23日まで

環水公園から中島閘門、岩瀬までは、観光船「富岩水上ライン」で行けます。中島閘門では、2.5mの水の高さの差を船に乗ったまま体験できます。今年の運航は11月23日(月・祝)までです。11月10日(火)は運休日です。

項目内容
運航期間2026年3月20日(金・祝)〜11月23日(月・祝)
Aコース環水公園→中島閘門→岩瀬カナル会館 片道2,500円(路面電車の片道乗車券つき)
Bコース岩瀬カナル会館→中島閘門→環水公園 片道2,500円(路面電車の片道乗車券つき)
Cコース環水公園⇔中島閘門 往復2,000円(中島閘門の操作室を見学できる)
周遊コース環水公園の中を回る 700円
子ども小学生は半額、小学生未満は無料
障害者割引障害者手帳を持っている人と介護者1名は5割引(ほかの割引とは併用できず、路面電車の乗車券はつかない)。ミライロIDも使える
予約個人はインターネット予約(富岩水上ライン)
問い合わせ富岩船舶株式会社 076-482-4116(9:00〜17:00)

出典:富岩水上ライン「時刻表(運航期間・運休日)」「料金表」

富岩運河環水公園への行き方

項目内容
場所富山県富山市湊入船町
歩いて富山駅から約9分
駐車場平面駐車場172台(平日は当日24時まで最大500円、土日祝は最大1,000円)/立体駐車場73台(当日24時まで最大500円)。どちらも最初の1時間は無料、その後30分ごとに110円
開園時間終日開放(天門橋の展望塔は9:00〜21:30)
問い合わせ富岩運河環水公園 076-444-6041

出典:富岩運河環水公園「アクセス」

古地図を重ねたリール動画

昭和5年・昭和43年・昭和50年ごろの写真・昭和58年・いまの地図を順番に重ねた動画を、富山みっけのInstagramに載せています。

Instagram@toyamamikke

富山駅の北にある環水公園。ここは、埋め立てられてなくなるはずでした🚢

昭和5年の着工から中島閘門、埋め立て計画と、運河が残されるまでを古地図で。

2026年10月29日の投稿

スポンサーリンク

さいごに

いまは富山の人の憩いの場になっている環水公園ですが、50年ほど前には、運河を埋めて道路にする計画がありました。残すと決めた人たちがいたから、いまの水辺の景色があるんですね。

中島閘門で船が水のエレベーターに乗る体験は、今年は11月23日まで。運河の100年近い歴史を思い浮かべながら乗ってみてはいかがでしょうか〜!

神通川の跡を、この運河を掘った土で埋めた話も、あわせて読んでみてください。

INFO富岩運河環水公園「富岩運河の歴史と環水公園」kansui-park.jp INFO富岩水上ラインfugan-suijo-line.jp INFO今昔マップ on the web時系列地形図閲覧サイト|ktgis.net

この記事は2026年10月29日時点の、富岩運河環水公園の公式サイト、富岩水上ラインの公式サイトとパンフレット(富山県・富山市)、富山県・富山市郷土博物館の資料をもとに書いています。地図は「今昔マップ on the web」(谷謙二)と地理院タイルから作成しました。

新しくできたお店、なくなったお店、気になる工事。
富山の「あれ何?」を教えてください。

特に工事中の場所は大歓迎です。住所や目印だけで大丈夫。
あとは富山みっけのライターが調べます。お任せください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

かおるのアバター かおる 富山みっけ 編集人

富山みっけのスタッフ、かおるです。富山生まれ、富山育ち。十数年の都会暮らしを経てUターンしました。
IT系の会社でWebサイトの制作や運用に携わってきた経験を、富山みっけのサイトづくりに生かしています。むずかしい言葉を使わずに書くのがモットーです。
ライブハウスやクラブの撮影に携わっていたこともあり、PR記事の取材では撮影までやらせてもらうことがあります。休みの日はグラベルロードバイクで、景色を見ながらのんびり走っています。

目次