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砺波平野を走った、加越線|古地図で見る、消えた鉄道といまの自転車道【砺波・南砺・小矢部】
砺波平野をななめに走る自転車道は、昭和47年に廃止された加越線の線路の跡です。石動〜庄川町を結んだ鉄道の開通から廃止、アメリカ製レールの記念文鎮、いまの自転車道まで、明治・昭和・いまの地図で紹介します。 -
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氷見の十二町潟は、大きな湖だった|地図で見る布勢の水海と、田んぼへの道【氷見市】
氷見の十二町潟は、昔「布勢の水海」と呼ばれた大きな潟でした。1647年の絵図、1662年からの新田づくり、1960年代の排水工事、オニバスの天然記念物まで、土地の高さの地図と航空写真で紹介します。 -
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富山新港に、電車が走っていた|古地図で見る、消えた射水線と県営渡船【射水市】
富山新港の入り口には、昔、富山と新湊を結ぶ射水線の電車が走っていました。昭和8年の開通、昭和41年の線路の分断、昭和42年の県営渡船の就航、昭和55年の廃止まで、昭和といまの地図で紹介します。 -
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庄川と小矢部川は、昔は河口が1つだった|古地図で見る、明治の河口分離工事【高岡・射水】
いまは別々に海へ出ている庄川と小矢部川は、明治の終わりまで河口の近くで1つでした。江戸時代の松川除から、明治33年に始まり大正元年に完成した河口の分離工事まで、明治・昭和・いまの地図で紹介します。 -
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高岡城のお堀はなぜ残った|古地図で見る、町の人が守った城跡【高岡古城公園】
富山城のお堀はほとんど埋められたのに、高岡城のお堀はいまも残っています。1609年の築城、一国一城令での廃城、明治3年の払い下げの危機と明治8年の「高岡公園」まで、明治・昭和・いまの地図で紹介します。 -
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富山の家の広さは全国1位、東京の2倍以上|部屋の数・畳の数も1位【住宅・土地統計調査】
富山の家の広さは1軒あたり138.77㎡で全国1位。東京(63.54㎡)の2倍以上です。部屋の数・部屋の畳数も全国1位、持ち家の割合は全国3位。10年前からの変化や空き家率も、令和5年住宅・土地統計調査の数字で紹介します。 -
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富山城のお堀はどこへ|古地図で見る、埋められていった堀と砂持奉仕【富山市】
富山城址公園のお堀は、いまは一部だけ。明治に払い下げられた外堀の埋め立て、有志が神通川などから石や砂を運んだ「砂持奉仕」、空襲のあとの北側・東側の埋め立て、昭和37年に今の形になるまでを、明治・昭和・いまの地図で紹介します。 -
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北前船の港町、岩瀬のいま|古地図で見る東岩瀬湊から富山港へ【富山市】
ポートラムの終点・岩瀬は、室町時代の「越中岩瀬湊」から北前船の寄港地として栄えた港町。神通川の河口の港が、昭和14年の開港場、昭和26年の重要港湾を経て富山港になるまでを、明治・昭和・いまの地図で紹介。廻船問屋の町並みと酒蔵・満寿泉、常夜燈がモデルの富山港展望台も。 -
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岩瀬へ延びた鉄道が、路面電車に|古地図で見る富山港線と富山駅の南北接続、路面電車化20周年【富山市】
富山駅から岩瀬浜へ走る富山港線は、昭和5年の地図に載る「富岩鐵道」の線が、JR富山港線を経て2006年に路面電車(LRT)に生まれ変わったもの。富山駅で分かれていた南北の路面電車が2020年につながるまでを、明治・昭和・いまの地図で紹介。路面電車化20周年の記念キャンペーンは10月31日まで。
